【情報】「マンタ舞う海 守り残す」日経10/8より

 

 

問いのたて方

 

・ダイバーが一度はあこがれる「マンタ」と出会える場所が見つかった? 
 そこで起こった出来事とは??

・このままではいけない! そう考えた園田さん(発見者)がしたことは?

・みんなで進めた「共生のルール」と共存のための活動

 

日本経済新聞 108日(月)朝刊

 

「マンタ舞う海 守り残す - 石垣島の遊泳場所を発見、観察にルール」

 筆者 : 園田 真さん (八重山ダイビング協会 会長)

 

<記事要約>

1980年代前半   地元の漁師さんから聞きつけた話を元に「マンタ」を見ることのできる場所を園田さんが探し始める。

1985年      マンタが行き交う「絶好の場所」を発見。

        (*後にそこは「川平石崎マンタスクランブル」と命名される)

1986年      雑誌でその場所が紹介されるや、石垣中の船が集まり、ダイバーがあつまる一躍有名な場所に!

 

        と同時に、トラブルも…。

 

        集まったダイバーの中には、

         ①マンタに近づこうと全速力で近づく

         ②マンタの来る場所で待ち構える

        など、野生のマンタを驚かし、逃げてしまうようなことをする人が出てくる

 

        そこで、園田さんを中心に他のダイビングショップの関係者と話しあい「観察のルール」を決める。

        

        「観察のルール」

         ①マンタを追いかけない!

         ②マンタに触れない

         ③スポットに着底し、姿勢を低くして観察する

 

        このルールを徹底し、周囲のみんなで守ることにより、マンタは今も着実にそこを訪れている。

 

        このルールは広く広がり、パラオのダイビング協議会からも問い合わせをうけるまでに!!

 1999年    八重山ダイビング協会が設立され、サンゴの天敵であるオニヒトデの駆除などにも取り組み、マンタが
         行きかう海を守る活動が始まる。

 

<ポイント>

                      ダイバーもダイビングショップも、そして海の生物たちも、皆が共生できる ルールを自分たちの力で考え出し、

                      それを徹底的に守ることで、自然を守っていることと同時にダイバーを遠ざけたりせず、ダイビングショップが

        ビジネスとして繁栄している「誰もが傷つかないフォーム」を作ったことが素晴らしい!!

 

                      また月曜日の日本経済新聞という注目度の高い場所の裏表紙でこの記事が掲載されたことも、
        多くの目に触れることになり素晴らしい!!